作品

作品

30.06 作品  *現代仮名遣

 題詠『平成』 30.02
 
 菊 田   顕* 
 まだ少し水を買い足す漠とした不安寄せくる平成晩年
 
 大橋 光子*
   平らかに成れと希いて三十年凹凸してきた平成晩年
 
 石原喜久子
   戦無く終はる平成顧みて金魚も鯉も三世代棲む
 
 伊藤 静子
 あかね雲うすれつつゆく穏しさや欷(な)かず送るか平成の代は
 
 酒寄みどり*
 今日からは平成となりなんとなく国若返るを感じたあの日
 
 古津景二郎*
 一年余の平成の御世をどう終えん台風最中の今年初冬
 
 鈴木 文子*  
 歳月のなかに沈みてゆく平和平成の世も混沌として
 
 河原井千鶴子*
 平成は30年と告知さる 戦争(たたかい)なき世の独楽がぶれ初む 
 
 野中 慶子*
 暴走か大儀かこの秋吹く風の行方見守る平成晩年 
 
 小川 みゑ
 想定外のことばにくるみフクシマの禍のこし平成の逝く 
 
 
『群翔14』 作品⑥
 
 小川 みゑ 酔芙蓉もう酔へなくて
 棚田に生き螢舞ふまで働けり御祖にわれに螢近づく
 螢火はこの世をのぞく御祖のこゑ世相を聞かれ口ごもりゐる
 職歴を問はず老はみな同じホームの卓にエプロンをする
 工場も商店街も閉鎖して大国の見すひと日の青空
 桜えびに混じる小魚銀の口海の話がこぼれて来さう
 
 川俣 和枝* 花ひとつ
 毎日をアドベンチャーの子育てに彩を増す娘の器
 なにげなく赤子のみせる顔つきの誰に似たるか皆が手を上ぐ
 巻かぬまま春を迎えし白菜の償うように菜花を満たす
 静けさの音を拾いて歩み行く樹(こ)洩れ日受けて深き山道
 穏やかに話を交わす夕間暮れ声は香りをおびて伝わる
 
 島田 智大 昭和の憶持
 再びは戻れぬまきばと気づきゐる牛の胸裡わが身にせまる
 翔ぶ鳥の影にも想ひを募らせし十代の憬いまも息づく
 耕耘の作業に寄りくる燕(つばくろ)の鋭俊なりて零戦惟ふ
 燃え尽きし命の具象とあぶら蟬青空あふぎて道の辺動かず
 長命の世なれば人生多彩なり新たな夢が吾を手招く
 
 田上 亮子* 桐の花
 早朝に鳩がしきりに鳴いている逃げ場なくせしこの国に住み
 はるかより来しものの滴思わせて夕暮れの頬に涙ながれる
 名前告げ髪そよがせてきたゆえに累々として夫に寄り添う
 見えもせぬ時というものに惑わされる匙一杯の砂なにを計る
 もう二度と帰ることなき時の間を羽を広げて黒アゲハ飛ぶ
 
 西川須美子 生死一如
 母の日を息子が抱え来し花の鉢わたしはどんな母だったらう
 繁り合ふ夏たちまちに削ぐ庭師ふんだんとなる風とひかりと
 ほのかなる幸せ灯し冬の夜を湯船にぽかり柚子二つ浮く
 これの世にあってはならぬものいくつ償へぬ愚を重ねて人は
 死ぬまでに逢ひたいなあとふと想ふ故郷にそっとおいて来し夢

30.02 作品  *現代仮名遣

 『群翔14』 作品②
 
 小笠原小夜子 ひとしづく
 静寂は時をはるけく積みし音千年杉に枝みなぎれる
 あかときの天の零せるひとしづく見放くる果てに一湾生まる
 森くづれ氾濫はてなき先史なれ眼をとぢてただ風のこゑ聴く
 祈る、など まして願ふはさびしくて夜のしじまをたたずみてゐる
 捌かるる鰺の眼涼し全霊で一期一会を生きてきたのだ
 ああきっと細き銀河の哀しみぞ石の坂道チャペルへつづく
 真っ白きベールを下ろしゆくゆびに母なるわれの水流の音
 てのひらの温み澄ませてつつみゆく二十八週の母体の奥処
 泣いて飲む飲んで眠れる赤んばう幾人の過去引き寄せながら
 日の高さ思ひの高さ木の高さ高さはなんとまっすぐだらう
 
 菊池 柳子 自己の周辺
 スーパームーン今し水沢を渡るとふ若き日の母の歌ごゑ聞こゆ
 空気読むが苦手の己 いつしかに笑顔のかげに生き延びて来し
 米寿とふこの華やぎを如何に生きむ遠山脈(なみ)に残雪光る
 賢母らしく良妻らしく生き来しを息子哀れみ娘は腹立つる
 秋来たるコートの衿立てポマードと煙草の匂ひの死者が寄り添ふ
 心病みし過去消ゆるべしケアハウスの母を日毎に訪ねくる子よ
 相克の愛を紡ぎて半世紀 今としなれば消されず消えず
 多情仏心憎めぬ人に添ひ生きて悔いなきわれを今は諾ふ
 門柱の亡夫の名前のフルネーム見送りてゐむさらば五十年
 哀楽にかく溢れでる涙あり心と無縁かわがドライアイ
 
 中村 清子* 海境杳く
 はげめとも生きよともいう声もなし元日の海寄る波いく重
 あかるめる節分の日の庭にいる野鳩の二羽の未来を嘉す
 訣れの日うつつ顕たせて咲く梅に流らう光 永久なるひかり
 出会いたる修羅もうつくし風に触れ奔り渦巻く葩のみち
 桜の杖つきて行かなん花咲きて彼岸此岸のけぶれる尾根へ
 山鳩のふたつ相呼ぶ春のこえ声なきものへ朝の茶を点つ
 春愁といわばいうべくエニシダの黄の花房の重たげに揺る
 塩壺の塩もしめれるわが厨身ひとつ生かすもたわやすからず
 果酒のみて怖れるもののなくなりし吾を見ているガラスの梟
 初蝶があれば畢りの蝶もある今日枯萩に寄りくる黄蝶
 
 吉野千栄子* 賀状の二グラム
 会いましょう 軽き一筆添えられて賀状の二グラム一年繋ぐ
 乳呑み子を葬りし家に梟の一夜鳴き継ぐ霧のなかより
 梅雨時は若返りたり五歳ほど 透明傘の出番は増せる
 鰭なくば衝突避ける第六感 はていつの間の打ち身擦り傷
 古代人も口笛 草笛吹いたろよオカリナ携さう樺山の丘
 一足の靴は寂しい 訪ね来し少女のつぶやきに奈落に落ちる
 足裏に擦り寄る猫の六匹の誰かを当てて真夏の素足
 獣臭い 深夜の街に立ちすくむ「猿の惑星」急接近す
 大波に追われ来し少女の襟足の美しくなりゆく決別をして
 若きより優しいあなた遠き日の電話番号諳んじくれる
 
 藤原 町子 しなやかに今
 老軌道たどる不安も道連れに今日の決断花の中ゆく
 老域をたどる日常唐突にリセットの春紫雲英田に会ふ
 春の背を追ひ行く道草陽だまりに亡夫に捧げる花束の数
 孤に背きひとりぐらしの健やかさ初夏の風受け無き羽根伸ばす
 「にこやかに吾がモットーなれど思ひきり泣く事許す亡夫の立
 ち日
 定着のひとりぐらしがふと揺らぐ防臭剤の吐息のかをり
 わがめぐり去り行く失せゆく数の増すからっぽ心に冬風の凍む
 忘れ物取りにもどれぬ終電に足し算ばかりの悔恨の数
 どんぐりの一つ密ますポケットに手持無沙汰のスマホの無言
 シクラメン一鉢求む雑踏に今日の私は自己愛ひとすぢ
 
 
 
 

30.01 作品  *現代仮名遣

 
 『群翔14』 作品①
 
 小林ますみ 久遠の禱り
 定型の詩の深奥にゆきなづみ果てむ一生ぞ鳥雲に入る
 感情を統べる仏にあふごとし瑠璃紺青に咲(ひら)くあさがほ
 十五夜の月の照らせる津波跡原初のごとき土に虫哭く
 帽子手に駆けてばかりの杳き日よ思ひ出づればひかりのごとし
 断念は清しきものを若き日の君の手紙を再びしまふ
 はろけくも生きつるものか若き日もあなたの嘘も今は輝く
 富士あをく菜の花明るき故郷の記憶の底を水は煌めく
 夕焼けの中の別れを詠みし歌思ひ出せずゆふやけのなか
 此処を越ゆれば必ずよき明日あるやうな 夕焼け空へ伸びる陸橋
 まかなしく老いを生きゐて頷ける赦すといふは久遠の禱り
 
 鎌田 明美* 朝の鹿
 この春は鳥の囀りよく聞こゆ職場変わりて顔なきわれは
 愛想をふりまく必要なき朝の鹿は滴る草に群れおり
 背中から誰かに抱きしめられたくてデスクワークは十三時間
 十二面観音のごとき視野もたむ年相応にいられるために
 その鞄に大事な物みな詰め込んで母は忘却と闘っており
 リビングに人の集える幻覚を何度も見るとう母よ ごめんね
 泣きながらワインを飲んでいる理由自分自身もわからずにいる
 車窓のわれを首かたむけて見る子鹿 停車したれば道渡りゆく
 あぜ道のクローバーの群れに坐り込む 私が必ず見つけてあげる
 星の夜娘のことが好きな人我が家に来たれり花火を持って
 
 石原喜久子 めぐる季節に
 どっかりと机に坐る朝光のまばゆき光 ああ春が来た
 草むらに黄金(きん)の釦がタンポポだ春の足音聞こえてくるよ
 性悪の草ほど根の張り大きくて人界もそれ 油断のならぬ
 もう春にさよならしたよ風の言ふ伸ばす拳の上はまっ青
 いわし雲に残月のせる今朝の天 TPPの先行き不安
 夜ごと聴きし鈴虫の声遠のきてけふは木枯らし一号の報
 さまざまな彩り見せて柿の木は冬へ入りゆくひと葉もつけず
 大根の弾ける白に刃を入れる命の水が滴りさうな
 冬の陽をまとひて美しきシキザクラ幹にひと言声かけて過ぐ
 寒椿朝のひかりにその色を濃くして児らの登校見送る
 
 菊池 則子 眠るほかなく
 急カーブ描きて辿る晩年の三・一一のちなる渇き
 残されてあかきポストが濡れゐたり駅ありし址あめの夕暮れ
 案じられ案じ生き来し歳月のいまは静けきみづの香のする
 羊歯のあを灯心蜻蛉の孵るにも涙出でくるひとは在さず
 きのふまで隣合せの生なりき もう朝は来ず もう夜は来ず
 ゆふぐれの薄明かりせる畳の上(へ)ひと世の何処か知らず坐れり
 わが耳に取り逃がしたるこゑいづこ途方に暮るる昼のおほぞら
 その声のさびしかるべし今し今啼きたるといふ森のふくろふ
 山ひとつつひに宅地に変貌す復興といふ破壊もあるか
 いつの日か待つ幸のこゑ捉ふべし補聴器置きぬ眠るほかなく
 
 榑松 靖彦 そらみつ大和
 大義なき衆院選の終りたり昨日と同じ朝食はパン
 心経を唱へる朝仏壇のラ・フランスの歪み増したり
 田の端を青鷺じっと動かざり 杭打ちデータ改ざんを聞く
 手のひらに塩をまぶして握りたり大きなむすび男の昼餉
 安保法案成立したり とりあへずゴミ出しにゆく露けき朝
 マンホールの蓋は虚ろな音を立てわれの重みの量られてゐる
 ホトトギスの初音聞く朝浜岡の原発停止六年目に入る
 アバウトに生きるのも良しこの時計「二時半前後」とデジタル表示
 戦争も召集もなきこの朝をコーヒーの香とトーストの香と
 ISのテロの標的とされるらしそらみつ大和おしなべて春
 
 

29.12 作品  *現代仮名遣

 
「今月のうた」 29.12
 
 
 小笠原小夜子
 風ゆかせ水音ゆかせほそほそとゆふべわたしは青草である

 熊谷 澄江
 あの日から心を埋める旅をして埋められなくて又旅に出る

 斎藤 宮子*
 争わず抜きん出もせず身を正す草食系の大和男の子は

 舟 野  広
 笹原を駈け下りて来し一塊の風が日本の崖を飛びだす

 居石 妙子*
 白ならば純白であれ海に入る茜の色に染められぬよう

 鎌田 明美*
 春風よ 娘が嫁ぐということはここからいなくなるということ

 宮島マツヱ*
 倒れても斜めにしても壜の中めだかはいつも平らに泳ぐ

 村上 恵子*
 高々と防潮堤を築きては街作られる海を閉ざして

 関口喜美子*
 水仕事愉しき季節と言い聞かせ食器の山に腕捲りする

 髙橋菜穂子*
 朝焼けはプラネタリウムの中ならばグリーグの曲が鳴り響く時
 
 榑松 文子
 まっすぐに地虫の声がたちのぼり輝きを増す椎の若葉は

 菊池 則子
 竹林はふるさと匂ふゆふあかり母の齢をいかにし越えむ

 小林ますみ
 転生の叶はば風呼ぶ樹とならむ赤き実つけむ小鳥らのため

 小林ますみ
 くれなゐの炎の華に投ずれば虚空のものとなる想ひぶみ

 伊藤 静子
 ゆっくりと春の日高く舞ふとんび鳶には昨日もあしたもなけむ
 
 
 「創刊90年周年記念誌」より
 
 河原井千鶴子*
 しらしらとさくら散りばう夜半にきて風の匠が葉の芽を肥やす
 地の息吹しっかと花芯に満ち充たし一茎に一花ひまわりは燃ゆ
 唇を読めば「ドウモアリガトウ」夫三十日余麻酔管はずす
 万感を秘めてぼうたん解けたりひと言夫の口ごもりたる、は
 ペンだこの無き代となりてしなやかに乙女は緑菜にレモンを絞る
 
 西川須美子
 そらの凧へみな攫はれてからっぽの童が駆くる冬の草はら
 黄濁の水に呑まれし思想あり黄河をまたぐ涯見えぬ橋
 くづれたることば聴きをり彷徨へる日本文化の上のなつ雲
 この顔を子らの眺めて荼毘にふす終の美しかれ夜の鏡面
 おやすみと明かり消すとき明日もまたある筈だったふたりの時間
 
 渡辺 直人
 少年と少年たがひに語りをり清きせせらぎ聴くごとくゐる
 鳥籠より鳥の逃げ去る思ひして一通の文ポストに落とす
 病む妻の従順となるけふのわれ鬱の向かうの褪せし鶏頭
 沈黙の画廊に入れば夕暮れの明かりのごとし裸婦の一枚
 満たされぬ心のごとし緑濃きラムネの玉は底に沈まず
 
 鈴木 幸子
 凍み透る雪を抱きて落葉松の林は黙す信農早春
 血の故に覇者とふ夢を托されて脚長き馬日高を駆ける
 早暁を一人雑草に挑む時百姓の身のしくしく悲し
 昨日も独り今日も我のみ柿園に行き場喪ふ五月の言葉
 淋しさは言はずにおかむ餌拾ふ雀の無心見つめて独り
 
 原田 孝江
 窓越しに梅咲き盛る展示室目も鼻もなき踏絵一枚
 連綿とヒトへ進化の宇宙の塵何時より魂宿りしならむ
 マタイ受難曲のカセット一時止めサンドイッチの耳切り揃ふ
 忘れられゐるかに来ないバス停に風が零した辺地の雀
 「闘争」も「安保」もビラの見ずなりぬ検査のわが血振られ泡立つ
 
 小林ますみ
 被災地に残る一本の木の孤独吐息も枯れるも赦されず立つ
 今ここにあなたもあなたも在るはずを 被災空間この無際限
 神仏に帰依するこころ揺らぎつつ白きむくげの落花を拾ふ
 ねんごろなことばのやうに夕茜しづかにつつむ地上の傷み
 またあした あかねさす日の移ろふにこの世しばしは夕光浄土
 
 中村 清子*
 かたわらに黙し歩める君のいて黒松林に波の音徹る
 父母在す常世の風と思いつつ香のけむりの行方追いいる
 「もう少し楽しんでから来い」と言い逝きてしまえり行く方告げず
 不在否非在とこころに繰返す日々を変わらぬ青き冬ぞら
 つきてくる落葉一片たつる音かの世も秋に入りたるころか
 
 
 

29.11 作品  *現代仮名遣

  
 「今月のうた」 29.11 
 
 菊池 則子
 鳥は鳥のかなしみあるや夕されば多彩の界を出でて消えたり
 
 田上 亮子*
 天球の何処より生れしメカニズムゆえ分からぬが足疼く日よ
 
 深沢 貞子*
 ベランダで桜月夜の一人酒 「武蔵野線」の残響を聞く
 
 杉岡 恭介*
 東京は今日も雨だと聞いたから昨日の雨に降られて歩く
 
 河原井千鶴子*
 毀れゆく夫を恐るる友の電話(こえ) ひと日降りつぐ夜来の雨は
 
 村上 恵子*
 咲くという大事に総立ちとなりしかな春の空気の動き始むる
 
 西岡 徳江*
 献立に傘さすおさなの絵が載リてシカゴの春は雨ではじまる
 
 田夛 冨子*
 簡潔に終わるひと日か茎白き冬の野菜を刃に切りおとす
 
 小笠原小夜子
 雨音の真ん中にゐる冬の夜ひとりの夢はしなやかである
 
 神 原  猛
 少年の夢は「平凡なサラリーマン」夢なき夢を聞きし憂鬱
 
 吉野千栄子*
 月と星はべらせ蛙の鬨の声 宇宙になかろうこの水の原
 
 熊谷 墨江
 あの日から書けなくなった歌日記花食む鳥の今朝も来てゐる
 
 西川須美子
 歳月は寂しきものを運びきて私がゆっくり壊れはじめる
 
 大橋 光子*
 間引かれたる公孫樹一本宙を空け自衛隊機が基地へと向かう
 
 河村 都子
 水に浸せば桃色の花を咲かせたり強きものここの桜のいのち
 
 
 「創刊90年周年記念誌」より
 
 落合登美江
 誘ひ合ひ寄り添ふやうに燈籠が九頭竜川の流れに浮かぶ
 野茨の咲き匂ふ岸辺なつかしく又来てしまふそれだけのこと
 青葉わたる風心地よし夫とゆく美術館への長き坂道
 明日はあす唯一残りし柿の実を鵯は啄むいとも粗雑に
 頭は低く生きよと教へし古里よ老いし心が畦道に立つ
 
 榑松 文子
 きさらぎの光のなかを翔ぶ鳥は霜深き谷の谺のやうだ
 冬木々の林は晴れて閑かなり つぼみのやうないもうとの声
 ひといきに朱を帯びきたる夕空に雲の風紋韻きつづける
 翔ぶために軽くならねば 幾世代意志をつなぎて頰白となる
 青葦のひかるそよぎに洗はれて影細くなる燈心蜻蛉
 
 君塚 晴子
 曲り家の陽のささぬ部屋の片隅に黙って冬がうづくまりゐる
 胸さすは雪の白さと言ひをかむしまける風にまなこつむりぬ
 今まさに雪崩れむとする雪庇われの心の中にて崩る
 待つ人も待たるる人も無き日日を待ちて待ちて待ちて春来ぬ
 気が向けばふらり散歩の椿森抱きしめられて身動きとれず
 
 藤原 礼子*
 君の愛でる山の景色の続々と届く手許の電子画像に
 また一つ消えたネオンの尋ね人思い出話咲かす水割り
 音立てて咲いた花火を寄せ集め友らと語る理想の夫婦
 子の名前騙って人をおびやかす心は何に奪われたのか
 襟元の汚れに妻の不在見てやさぐれ酒をそっと薄める
 
 髙橋菜穂子*
 母一人子一人になりて思うこと鍋は小鍋にしょうゆは小びん
 エコロジーな自分を演出銀座にて八〇円の替芯を買う
 主なき籠がぼんやり立っている小鳥が逝きて七日が過ぎて
 七転び八起きと人は言うけれど倒れたままでいたいの今日は
 毎日が宝物のようになる八十路に入った母と暮らせば
 
 古橋 勝子*
 孫達とトットロトトロと手をつなぎ歌って帰る犬との散歩
 吾小さき夫は大きな徽章つけ新嘗祭の式典に列す
 神様もこの嘘許してくれるだろう余命僅かな夫励ますも
 わが想い最初で最後のラブレター黄泉発つ夫の懐ふかくに
 しみじみと手に取り弾く大算盤みがきて家宝と蔵に納める
 
 松井 和子
 新幹線の切手を貼りて能登路への旅を誘ふかがやく君へ
 身巡りの逝きし人みなあたたかき風でありしよ鳥渡りゆく
 誇ることあらずともよし美しき残り世であれ百超えし吾に
 音の無き世界よさらば流れくるショパンのノクターン終楽章
 さぬはりゆ九十年を支へ来し樹根りうりう星移りゆく
 
 
 
 

29.10 作品  *現代仮名遣

  
 
 山田久美子 
 かがやかに花明かりせしえごの樹のやがてすずしき青き実むすぶ
 ひび入りしガラス細工のオルゴールすこし足らざるわれの日常
 ひと塊のほろほろ鳥の肉食みて「パスカルはね」と話し始める
 水充つるもののやさしさ樹の蔭に寄りつつ炎暑の坂道をゆく
 我が髪を濡らし落葉をにほわせて秋の日照雨(そばへ)のひそと過ぎたり
 
 村上 恵子*
 家・車・光速のごとゴウーと走る 海よどうした波よどうした
 押し寄せる津波に向かい声ごえの「あー」「あー」に尽きた一言
 魂の底突くばかりに叫びたるあの一瞬はあの一瞬は
 ゴウーと一波がものの全てを瓦礫化す真っ暗の街雪降り続く
 震災の瓦礫と瓦礫に挟まれて津波が決めた天国・地獄
 
 小川 みゑ
 卵拾ふ検問所なる指の腹あかぎれ一つに手元が狂ふ
 餌も水も朝より断ちたる廃鶏が籠の中にて卵を産めり
 死にし鶏土間に放ればコーと鳴く喉笛いまだこの世なりしや
 膝の猫に一日の長きをいふ嫗生き来し百年つかの間なると
 ま夜に聞く蛇口をもるる水の音ヒトリヒトリとささやくやうな
 
 石原喜久子
 下萌えの項あげくるよき春に防衛出動の中身また揺れ
 音もなく大空を行く飛機二つ無人機攻撃頭をよぎる
 防衛費またも引き上げる新予算 平和憲法いろ淡くなる
 聞き苦しきニュース多きが国内に銃声なきは大き幸せ
 直角に曲がり道行く運転は切り換え多き人生のやうだ
 
 菊地 柳子
 眼前を白くふさぎて動かざる霧濃き朝の閉塞の闇
 事件事故すべてを消してこの朝(あした)安らかにあれ霧の動かず
 五十年良妻らしく連れ添ひし愛憎に似てこの霧の濃き
 免罪符使い果たして生きる秋 平均寿命するり越したり
 未然形とふ魅力讃へて山の端をはなれし半月みづみづと浮く
 
 吉野千栄子*
 「福島」のアナウンス流るる車窓より思わず見入る太平洋の空
 「雨だなあ」もう眼を開けられぬ父の言う五階の窓に細き雨見る
 足裏に擦り寄る猫は六匹の誰かを当てて真夏の素足
 気がかりと仏の創りし彼岸花 夕陽に透かし此岸を覗く
 絶壁と共に笑いし長兄の火葬の頭骨ぼんやりと見る
 
 浅沼 桂子*
 ガレキより捜し食いした地獄見たそれでも此処が棲(すみか)とう友
 被災者を置き去りにする恥かしい国と言った党首当選逃す
 津波地震次は洪水竜巻と巨大化なるはもはや人災
 沖縄に聞く耳持たぬ内閣はあれよあれよと参戦への道
 スキーバス事故犠牲者の父の言社会の歪静かに指摘
 
 
 

29.9作品  *現代仮名遣

   ■■今月のうた *29.07より
 
 髙橋菜穂子*
 旅人はどこの土地にも属さない時間の中を移動している 
 木曽 英子
 池の面に今し散りたるもみぢ葉の水輪ゆらゆらいろはにほへと
 君塚 晴子
 浮遊する音を拾へる夜の耳北の山峡待つものは雪
 川原井千鶴子*
 ホームには冬日ついばむ鳩のいて少女の会話の欠片を拾う
 佐々木 怜*
 猫坐り蜻蛉も止まった庭石に枯葉一枚雪も来るころ
 神 原  猛*
 険悪となりゆく酒席の明り消し旅館の女将(おかみ)ローソク灯せり
 杉本 みゑ
 くろぐろと波打つ流れにのりきれぬ兄の灯籠をそっと押しやる
 酒寄みどり*
 時間かけ流れをよみてゆく紅葉明日のことなどどうでもいいか
 古橋 勝子*
 夫のうつ碁石の音の聞こえくる黄泉に碁敵の出逢いありしや
 伊藤静子
 しんしんと夜半の海馬をめぐらしてつひに引きたる辛辣の過去
 榑松 文子
 秋の野に小さく睡る山頭火草に埋もれて風の聲聴く
 西川須美子
 今生に会ひたき人とまみえきて仰ぐ東寺の夕映えの搭
 中村 清子*
 窓下の小さき隙間一茎の荒地野菊の一行のうた
 伊藤 順子
 プリンターの音ひびかせる午前二時 時盗む鬼冷ややかに哂(え)
 森  藍 火
 寒気団今日も私に居坐りて稲葉京子のうたを読ませる
 
 
 安彦 和美* 
 ボタン押す無機質の箱上下して乗り合う人はみな異邦人
 太平洋神のご加護で島々は配置よろしく人の行き来す
 お手玉や「クロポトキンの首をとり」唄いながらも歴史の戦慄
 縄文もみたであろう日蝕に親しみ覚ゆ遮光器土偶
 男が封じ込めたるパンドラの箱あけやらば女子力咲く
 
 伊藤 静子
 飯蒸ける香りほのぼの立ちながら誰かが厨にゐる暖かさ
 みづからにおむすびひとつ所望してあつあつの塩むすびを一個
 満ちてくる汐に押されて溯る真水のままではゐられぬ水が
 桃ひとつ水に冷やして昼しづか何もしてゐぬ充足もある
 かなかなのひとつが鳴きて皆鳴けば故郷のやうな夕暮れとなる
 
 髙橋千恵子
 溝浚へ終へて流れのきらめきは青草一本つれて走れる
 朝顔の三つ四つ五つ咲き登る空おだやかに八月六日
 ひまはりの百万本の迷ひ路出口の見えぬ農を危ぶむ
 七十億の中の一人がここにゐて夕日に染まる柿を眺むる
 紅葉は大樹の内よりはじまりて今朝北国に初雪のふる
 
 菊 田  顕*
 水涸れて底ひび割れし堤より姿あらわせ贄の乙女子
 盆花火終りたるらし 卓上のグラスの氷ことり溶けゆく
 交番の巡査は現場を丁寧に百合の花持つ我に示せり
 天地の霊気の充つる刻なるや 桜ゆらりと闇に揺れおり
 雪らしき 耳のま探る闇なかに時計は刻む夜の脈拍
 
 大橋 光子*
 万緑のなか紅を暗々と佇む楓 岡本かの子
 うっすらと埃被れる地球儀のこの一点にクマザミ啼いてる
 絶対の美とは何ぞや仰ぎみるミロのヴィーナス上肢を持たず
 じっと耐える魚のようだ列島は緯度と経度を張り巡らされ
 わが内の流木燃せばどれほどの火力ありやと思う日のあり
 
 
 
 

29.08 作品  *現代仮名遣

   ■■今月のうた *29.05より
 
 村上恵子*
 雪降り来かごめかごめを二度言えば老いの心の今日の黄昏
 
 田上亮子*
 遠き日に少女が描きし未来図をとうとうとして川は流れる
 
 佐々木 怜*
 賑やかな処離れて木の上にカラス一羽の男の背中
 
 吉野千栄子*
 ハンバーガーなるもの喰らいつきつきみれば女(おみな)という語が一 
 瞬に飛ぶ
 
 小笠原小夜子
 おもひでに深みはありてこの雨のにほひに湖は底光りする
 
 市川恵美*
 陽に干した布団のような君になれ春一番後は北風寒し
 
 吉田千代子*
 二、三個の豆をパラパラ節分は鬼の復讐ありそな気配
 
 山内孝枝*
 チャンネルを変えるのみなり大国のファースト主義に此処の抵抗
 
 居石妙子*
 女にも美学のありて泥くさい生臭いもの裡にかくまう
 
 伊藤静子
 帰り来し兄は白木の箱のなか小石(つぶて)ひとつよ黙して寄りき
 
 永田和子
 話し合ひの結論出でず何気なく投げたる石の波紋のゆくへ
 
 福島房枝
 声も無く真白き紙に戻るやう父はしづかに眼を閉ぢる
 
 深沢貞子*
 十色の絵の具で描く早春賦菜の花畑に鳥のさえずり
 
 髙橋菜穂子*
 人生に疲れる年頃なのかなあ些細な事がとても気になる
 
 小川みゑ
 「夢」の中の水車のいくつ見てゐた日辺野古の海へブロック沈む
 
 菊池則子
 千年に一度の風のまだ止まずかさかさ鳴らす更地枯草
 
 西川須美子
 遠州はからっ風舞ふいくたびか攫はれて追ふつば広帽子
   
 
 深沢貞子* 
 今日も泳(ゆ)く千メートルの水の道戦い続く心と体
 ゆずの実を年の数だけもぎとりて去年の苦みを煮詰めて忘れる
 吊るし雛一針一針縫いあげる悲喜こもごもを繋いで飾る
 雨あがり畦道走る犬を追う枯れ紫陽花のしずくを浴びて
 無人駅雨に沁みいる赤松の木肌に残る夫のぬくもり
 
 鎌田明美*
 頭まで湯船にもぐり数秒間幼なはひとりの旅を楽しむ
 口笛をまだ吹けぬ口尖らせて幼なは清しい風を吹きいる
 夕光に遊ぶ蜻蛉を捕まえてその背の茜を見せに来る子は
 たまねぎを刻み眼を赤くする吾娘よいろんな涙があるのだ
 星の夜娘のことが好きな人我が家に来たれり花火を持って 
 
 佐々木 怜*
 欲張りはやめてゆっくり生きようか貸出しの本一冊にする
 ぴったりと付きまとわれて帰宅する言葉というは何者なのか
 目つむれば言葉巡りて眠られぬ目をあっけて寝る 魚は凄い
 幼子の放った靴は宙に舞い明日天気になりそうかしら?
 来た道を覚えているのに戻れない戻れなくても一本の道
 
 渡邉誘美
 卒業式そっともらった娘の手紙いつかのことを謝ってゐる
 吾の齢を林住期といふらしき住み生ふ場所を未ださ迷ふ
 落ちたての雨粒運ぶ地の香り元素記号の気化する匂ひ
 白黒と分ける自分に疲れたり灰色手にし守りたまへと
 わが中の疾風怒濤くぐりきて今まなぶたにつづく風紋
 
 小野由子
 物売りさへ来るはずのなき雨の朝かかとさびれし靴下を履く
 複数の足結はへられ逆さまに悪事なさざる烏賊が干さるる
 刈小田のしろく乾けばわれもまた口を噤みて冬に入りゆく
   濯ぎ物干すわが耳に定刻の列車のひびき誰が旅立ち
 停電に大震災を思ひ出す思ひ出すとふ迂闊なる罪
 
 
 

29.07 作品  *現代仮名遣

 
 伊藤順子 
 たまさかの雪のひとひら掌(て)に享けてけふの運気の少し明るむ
 遥かよりうぶごゑとどくきさらぎの月のさづけし命にあらむ
 わが踏むは遥かな時空を超えし時コロッセオの土血の記憶もつ
 ポンペイに刑徒の如く囲はるる人体化石の受難の形
 プーチンの涙が世界をかけし日も夫は畑に玉葱を抜く
 
 池上珠世
 折り鶴を美しくをりたるよろこびに凭りて穏しも母の一日は
 生意気を吐く十八歳の浄書する阿修羅像の貌チラチラさせて
 清濁を併せ呑まむと友の言ふ 白椿咲く 赤椿咲く
 後戻りせぬ蜻蛉の潔らかさホバリングの後風を追ひたる
 悠久の時を鎮める樺山の小草にかぎろふ縄文の灯の
 
 小笠原小夜子
 うみねこの白さもあはし冬のうみ雨降れば雨のひびきに鳴きぬ
 風の皺なみなみ寄せて蛇行するふゆの河口の豊かなる嵩
 真清水のやうなかなしみ酒を受く酒を注ぎぬ寒の雨降る
 群を抜け一羽にかへる嘴太がつやめく黒を日光(ひかげ)にあらふ
 行きどまる晩春の道苔にほふ石に還りて小さき墓石
 
 神原 猛
 娘にはものわかりよき母ならむ妻を介して知ることばかり
 送り来し胎児の写メにそれらしきしるしのあるを妻と喜ぶ
 外孫と言へど我が血を引く男児(おのこ)娘の手よりかしこみて受く
 はつ孫を我に抱かせて妻と娘と手柄分け合ふごとく微笑む
 まだことば持たぬ幼なに見つめられしどろもどろの新米(ぢいぢ)
 
 才田君子
 たはむれに銀紙の指輪結びくれし夫のぬくもり五日を解かず
 急ぐ仕事ひとつ片付け見る鏡疲れし貌の主婦が髪梳く
 幾度の病に負けざる夫を看て互みに依存のレール辿らむ
 この種子が花咲き揃ふ日のはるか超えねばならぬ厳冬が来る
 過ぎ去りし介護日誌を繰りをれば性悪女のわたしが見える
 
 

29.06 作品  *現代仮名遣

 
 森 藍火
 はだら雲うさぎの腹のごとくしてかかへられたりひとつ地球は
 道ならぬ恋といふには淡すぎて夜の灯ひとつ湯桶に掬ふ
 「帰らざる日々」を聴きつつ片恋の酒と決めたるマテウス注ぐ
 なめらかにバター伸びゆく雨の朝妻にあらずも生きられさうな
 泣き顔を見せぬ女の象徴といはばゆたけきブロンズの胸
 
 榑松靖彦
 早暁の静寂を劈き雲水の振鈴は回廊をひた走り来る
 一枚の板としなりて眠るときわれは最も死者に近づく
 戦死者へ黙祷ささげる眼裏につと浮かびたる日の丸の美し
 稲ならぬ草刈る不条理はさておきて今年も秋の祭り近づく
 ISのテロの標的とされるらしそらみつ大和おしなべて春
 
 熊谷澄江
 田に続く遥か向かうは空でした記憶の扉をいくつ開けても
 あれは母の遙かな視線の果てにある哀しみに似し真冬の木立
 冬枯れの野はあまりにも淋しいと一本の木が物語する
 白光となりて飛び発つ渡り鳥 執着のなき汝をまぶしむ
 春蟬のこゑの漲る奥山にちひさな自我を吾は葬る
 
 山本木実
 春告ぐる修二会の炎乱舞して昏きみ堂に赤々映ゆる
 先導の松明に浮かぶ上堂の練行衆の眼差けはし
 天平より続く修二会の灯明の練行衆が帳に浮かぶ
 二月堂の灯明ゆらぐ内陣に籠りの僧の錫杖の音
 御堂走る松明の火は漆黒の大和の里に春を告げゐる
 
天象短歌会
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